「えっ、嘘でしょ?この前までテレビで元気そうに笑っていたのに…死因は何だったの?急すぎて信じられません。」
- 死因は肺炎による体調の急変:昨年11月から入院と退院を繰り返しており、病室でも執筆を行うほど意欲的でしたが、22日未明に容態が急変しました。
- 将棋界に残した不滅の金字塔:14歳でのプロ入り、A級在籍の最年少記録など、藤井聡太六冠が現れるまで数々の記録を保持し続けた「神武以来の天才」でした。
- 愛されたキャラクターと今後:対局中の数々の伝説的エピソードや愛らしい人柄でファンを魅了。葬儀はカトリック教会で執り行われる予定です。
日本中が悲しみに包まれた1月22日。将棋界の至宝であり、お茶の間の人気者でもあった「ひふみん」こと加藤一二三九段が、86歳で天国へと旅立ちました。
ニュース速報を見て、言葉を失った方も多いのではないでしょうか。私もその一人です。あの愛くるしい笑顔と、情熱的な語り口がもう見られないなんて、まだ実感が湧きません。
今回は、加藤一二三さんに一体何が起きたのか、そして彼が私たちに残してくれたものは何だったのか。3つのパートに分けて、その偉大な生涯と最期の日々を振り返っていきたいと思います。
パート1:突然の訃報…病室で何が起きていたのか
「ひふみん」は、いつも元気なイメージがありましたよね。しかし、実は昨年の暮れから病魔と闘っていたことが明らかになりました。
闘病と最期の様子
報道によると、加藤さんは昨年11月に肺炎を患い入院されていたそうです。一度は回復の兆しを見せ退院されたものの、年末に風邪をこじらせてしまい、再入院を余儀なくされました。
しかし、ここからが「将棋の鬼」と呼ばれた加藤さんらしいエピソードです。なんと、病室に将棋盤と駒を持ち込み、執筆活動を続けていたというのです。86歳という年齢、そして病床にありながらも、将棋への情熱は全くいささかも衰えていなかったのです。
ご家族のお話では、亡くなる前日の夜、娘さんたちがお見舞いに訪れた際は、顔色も良く、穏やかに眠っていたとのこと。趣味であるモーツァルトなどのクラシック音楽を聴きながら過ごすなど、安らかな時間を過ごされていたようです。
ところが、その数時間後の22日未明、事態は急変します。午前3時15分、肺炎のため、都内の病院で息を引き取られました。本当に、眠るような最期だったのかもしれません。ご家族に見守られ、大好きな将棋と音楽に囲まれた最期だったことが、せめてもの救いと言えるでしょう。
パート2:笑いと感動をくれた「ひふみん伝説」と偉大なる功績
加藤一二三さんといえば、バラエティー番組でのユニークなキャラクターを思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、将棋ファンにとっては、まさに**「生きる伝説」**そのものでした。ここで、改めてその凄すぎる実績と、愛すべきエピソードを整理してみましょう。
不滅の記録メーカー
加藤さんは、数々の「史上最年少記録」を打ち立てた早熟の天才でした。藤井聡太六冠が登場するまで、長きにわたりその記録は破られることがありませんでした。
| 記録項目 | 加藤一二三九段の実績 | 備考 |
| プロ入り | 14歳7か月 | 当時史上最年少(中学生棋士第1号) |
| A級昇級 | 18歳3か月 | 現在も破られていない不滅の最年少記録 |
| 現役期間 | 63年 | 史上最長記録 |
| 最高齢現役 | 77歳5か月 | 引退時の年齢 |
| 対局数 | 2505局 | 歴代1位 |
特に注目すべきは、将棋界の最高峰リーグである順位戦A級への昇級記録です。18歳3か月でのA級入りは、あの藤井聡太六冠でさえも更新できなかった、とてつもない大記録なのです。「神武以来の天才」という異名は、決して伊達ではありませんでした。
愛すべき「ひふみん」エピソード
実績だけでなく、その強烈な個性もまた、多くの人を惹きつけました。
- 「1分将棋の神様」序盤から長考(長く考えること)を重ね、持ち時間を使い切ってしまうこともしばしば。しかし、残り時間が1分未満になってからの指し回しが凄まじく、正確無比な読みで逆転することから、この異名がつきました。
- うな重伝説対局中の食事は「考える時間を節約するため」という合理的な理由で、昼食と夕食に連続で「うな重」を注文することも。うなぎ店への多大なる貢献もまた、語り草となっています。
- ひふみんアイ対局相手が席を外した隙に、相手側に回り込んで盤面を確認する動作。テレビ番組で取り上げられ、まさかの歌手デビュー曲のタイトルにもなりました。
- 超ロングネクタイ対局中、ネクタイが床につくほど長く結ばれている姿もトレードマークでした。
これらは単なる「奇行」ではなく、すべて**「将棋に勝つため」「盤上に集中するため」**という純粋な動機から生まれたものでした。その一途さが、私たちの心を打ったのだと思います。
パート3:将棋界からの悲痛な叫びと受け継がれる魂
加藤さんの訃報を受け、将棋界からは悲しみと感謝の声が続々と寄せられています。そのコメントの一つひとつから、加藤さんがいかに尊敬され、愛されていたかが伝わってきます。
藤井聡太六冠の言葉
2016年、自身のデビュー戦で加藤さんと対局した藤井聡太六冠。「信念を貫く姿勢を直に学ばせていただいた」というコメントを発表しました。
当時76歳だった加藤さんと、14歳だった藤井さん。62歳差の対局は、まさに歴史が交差した瞬間でした。藤井さんは、ただ将棋を指しただけでなく、加藤さんの盤上に向かう「魂」のようなものを、肌で感じ取っていたのでしょう。
羽生善治九段の敬意
「現役生活63年は空前絶後の大記録」と称えた羽生善治九段。七冠制覇を成し遂げた羽生さんでさえ、加藤さんの「気力と情熱」には常に敬意を抱いていたといいます。
その他、中原誠十六世名人や谷川浩司十七世名人など、かつての名勝負を繰り広げたライバルたちも、その早すぎる別れを惜しんでいます。**「ベテランになっても闘志満々だった」「棋士の鑑(かがみ)だった」**という言葉が、加藤さんの棋士人生を何よりも雄弁に物語っています。
今後の動向予測:伝説は永遠に語り継がれる
最後に、今後の動向について予測を交えてまとめたいと思います。
まず、葬儀については、加藤さんが敬虔なクリスチャンであったことから、東京都千代田区のカトリック麹町聖イグナチオ教会で執り行われることが発表されています。通夜は27日、告別式は28日です。将棋関係者だけでなく、多くのファンが最後のお別れを望むことでしょう。
今後の顕彰について
加藤さんは2022年に文化功労者に選出されていますが、これまでの功績を鑑みれば、今後、将棋界や政府からさらなる追悼の意を表する動き(例えば、従位や勲章の授与など)があるかもしれません。
また、追悼番組の放送や、追悼対局、回顧録の出版なども予想されます。彼の残した棋譜(対局の記録)は、AI全盛の現代においても、人間が持つ「情熱」や「厚み」を伝える貴重な財産として、研究され続けることでしょう。
加藤一二三さん、長い間、本当にお疲れ様でした。
天国では、持ち時間を気にすることなく、大好きなモーツァルトを聴きながら、存分に将棋を楽しんでください。そして、これからも空の上から、将棋界の未来を「ひふみんアイ」で見守っていてください。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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