巨人の新監督に松井秀喜氏が決まった一方で、「やっぱり江川卓さんの野球も見てみたかった」という声が、ネットで改めて広がっています。きっかけは、元中日監督の落合博満氏が10月18日放送の『サンデーモーニング』(TBS系)で見せた「激推し」でした。江川氏はなぜ巨人監督になれなかったのか。週刊女性PRIMEなどの報道をもとに、経緯を整理します。
落合博満氏は何と言った?
報道によると、落合氏は番組で「オレは1回、江川の野球を見てみたいんだよね」と発言しました。さらに、現役時代と監督になってからでどういう違いが出るのか、野球理論や取り組み方に一番興味がある、という趣旨のコメントも伝えられています。2018年にも「江川の野球だけは想像がつかないからやらせてみたい」という趣旨の発言をしていたそうです。
この発言に、ネットでは「多くの野球ファンが思っていることを代弁してくれた」「もう一度ユニホームを着てほしい」といった声が出たと報じられています。
江川卓氏の実績は?監督候補と言われ続けた理由
- 1981年に20勝6敗、防御率2.29、221奪三振を記録
- この年は投手五冠とセ・リーグMVPを獲得
- 巨人では「エースか4番」だったOBが監督になるという、いわゆる不文律もクリアしている
現在71歳という年齢がネックとされますが、野村克也氏が70代で楽天を指揮した例もあります。一方で、監督人事は運の要素が大きく、江川氏には「機を逸してしまった感がある」というスポーツ紙記者の見方も紹介されています。
2011年の「清武の乱」とは?江川氏との関係
江川氏に現場復帰の道筋が見えたのは、原政権下の2011年秋のことでした。報道されている経緯は次の通りです。
- 当時の清武英利球団代表兼GMは、岡崎郁氏のヘッドコーチ留任を進めていた
- そこへ、渡邉恒雄球団会長から江川氏を起用する案が示された
- 清武氏は記者会見を開き、会長による人事介入を批判した。これがいわゆる「清武の乱」
- その後、巨人側は清武氏を提訴し、清武氏も読売側などを相手に損害賠償を求める訴訟を起こした
また、法廷での対立が続く中で、球団側から、岡崎氏をヘッドコーチに留任させた上で、原監督の提案で江川氏を次期監督候補の「助監督」として迎える構想があったことが明らかになった、とも報じられています。ただし、正式なオファーには至らず、この人事は実現しませんでした。
※この件は双方に主張があり、訴訟でも争われた経緯があります。本稿は報じられた範囲の事実を整理したもので、どちらかの言い分を断定するものではありません。
ファンの反応は?意見の傾向
【もしも】清武の乱がなければ江川監督の世界線もあったのか【ifスレ】
1: 惜しむ派 「今でも悔やまれる騒動。見てみたかったという気持ちは変わらない」
2: 現実派 「年齢を考えると、今から監督は現実的に難しいのでは」
3: 解説派 「現場でなくても、解説での独自の視点が面白いから十分」
4: 切り替え派 「松井監督に決まったんだし、まずは新体制を見守りたい」
(上記は意見の傾向を要約したもので、実際の書き込みの引用ではありません)
今後どうなる?次に注目したいこと
- 松井新監督のコーチ人事が、球団から正式発表されるタイミング
- 江川氏が今後、解説や出演でどんな発言をするか
- 落合氏の「見てみたい」発言が、今後の巨人人事の議論に影響するのか(現時点では憶測に過ぎません)
まとめ
江川卓氏が巨人監督になれなかった背景には、実績や年齢だけでなく、2011年の「清武の乱」に象徴されるタイミングと運の要素があったと報じられています。新監督が決まった今も語られるのは、それだけ待望論が根強いということでしょう。続報があれば追記します。
※本記事は2026年10月24日時点の報道をもとにしています。


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